バブル期における外資の対日戦略~戸川利郎

1980年代の外資系企業による対日戦略についての考察~戸川利郎

米法律事務所の日本進出(1986年)~戸川利郎

国際取引など法律実務の幅を広めるため日本進出をめざしているアメリカ法律界は、1980年代のバブル経済時代に、一段と意欲を燃やしました。

日米間の懸案の一つになっていた外国人弁護士の日本受け入れ交渉が最終局面に入っており、アメリカ弁護士の中には、法案が施行され次第、東京に事務所を設置する体制をすでに整えたところもあります。

選出に当たっては少数精鋭の弁護士を送り込み、日本側弁護士と協調、共存の形で円滑に業務を進めたい、との考え方を示しています。

一方、アメリカのいくつかの大学でも日本に法学関係の分校を設置したいとの構想をもち、具体化するため大学事務当局が検討中です。

まだ不確定要素はあるものの、今後日米法律界に新しい動きが起こる気配が見られます。

ニューヨークとボストンでそれらの事情を調べました。

日本への外国人弁護士の受け入れは、これまで日弁連アメリカ法曹協会が折衝を重ねてきました。

その結果、大筋は受け入れを認め、現在、最終的なツメの作業に入っています。

受け入れ条件は「外国法弁護士」(仮称)として法務大臣が承認を与え、日弁連に登録、それぞれ自国で法律専門職の資格をもつ者、それに仕事は指定された法律業務の範囲に限られるなどです。

https://www.e87class.jp/


■言葉の面でも準備整える

1986年の時点で、アメリカとイギリスの法律事務所約20カ所が日本進出を検討していました。

ニューヨークではすでに4つの事務所が進出を決定しました。

事務所といっても100ないし200人の弁護士が勤務する大型事務所です。

ヒル・ベッツ・ナッシュ法律事務所もその1つ。

110階の超高層、世界貿易センタービルの52階のフロアほとんどを使用。

窓からは自由の女神が小粒に見え、ヘリコプターがビルより低く飛んでいるほどです。

弁護士約150人がいます。

全員個室と女性秘書がつきます。

アメリカ国内だけでなくヨーロッパやアフリカ諸国関係企業の代理人もつとめています。

この事務所から先陣となって日本にきたのはネイスン弁護士。エール大学卒。

ニューヨーク州の司法試験に合格して弁護士となり、いったん陸軍法務官として沖縄、神奈川県座間米軍基地に勤務した経歴をもちます。

ネイスンさんを手助けしているのが日本の弁護士。

コロンビア大学に1年留学したあと、1986年9月からこの事務所に勤務しました。

日本に進出するためには日本語が話せる法律家がいたほうがいいにきまっており、仲さんと同じような日本人弁護士はニューヨークだけで10人ほどいます。

またハミルトン法律事務所のコーン弁護士のアシスタントには日本に留学した若手がいるなど、言葉の面でも準備を整えています。

http://www.jasc-japan.com/invest/


■市場は奪わず開拓で共存

日本の弁護士界内部では外国人弁護士の受け入れに強い反対がありました。

むずかしい日本の司法試験の難関をくぐり抜け、ようやく獲得した法曹資格とアメリカの法曹とを同一視することへの不満、日本の弁護士市場への介入のおそれがあるなどです。

しかし、アメリカ側は「日本側弁護士は心配しすぎている」と指摘しています。

「ニューヨークは激しい競争の世界。弁護士の仕事の需要はたくさんあるが、それだけに十分対応できなければ生き残れない。日本へ進出するのはそうした社会的陶汰(とうた)をへてきたえりすぐりの弁護士だ。ここマンハッタンに事務所を構えること自体、社会から信用されている証明になる」

小柄で低音のネイスンさんは自信と誇りを見せながら強調しました。

コーン弁護士も「日本の反対はどうも感情的すぎるのではないか。私たちは何も日本の弁護士市場へ介入するわけではない。新しい仕事を開拓するために日本に行くのだ」と話します。

日本で行う仕事は、信託、投資、金融、株式などの法律問題が主になるといいます。

「信託などは日本の弁護士は不得手なのではないか」ともコーンさんは話しました。

と同時に日本人弁護士の協力も必要と説明しました。

「私たちは日本の法律を知らない。日本で仕事をするうえで日本の法律の運用を知るためには日本人弁護士に教えてもらわなければならないことがたくさんあるはず。その意味で日米双方は共存の形になると思う」

https://www.legal-economic.com/

 

■職員の募集や採算で不安

説明通りになるかどうかは必ずしも明らかではありません。

また、制度的にも日米弁護士双方が仕事の上で競合する形にはならないと見られるが、国際取引の面から日本側弁護士にとっても強い刺激にはなりそうな状況です。

もっともアメリカ側も手放しで日本進出に期待を抱いているわけではありません。

期待の半面、不安があることも事実です。

不安の最大の要素は採算がとれるかどうかの現実的な問題です。

アメリカ側弁護士の試算では東京での事務所開設にともなうコストはニューヨークの2.2倍になると見ています。

アメリカにいれば集中的に仕事があるが、東京では依頼者がどの程度あるか不明。だから事務所の規模をどのくらいにするかに頭を痛めている。また事務所職員に適当な人材が得られるかどうかなどの問題もある」

両弁護士ともそんな心配をしていました。

しかし「日本に行くからには良き市民として生活したい」と気をつかいながらつけ加えました。

弁護士の日本進出に関連して、アメリカの一部法律家の間ではアメリカの大学の日本進出が話題となっています。

進出を計画中といわれるのは、ハーバード、スタンフォード、コロンビアの各大学などで、この中に法学関係部門も含まれそうだといいます。

まだそれほど具体化されたわけではありませんが、日本に分校を設け英語で授業を行い、内容も本校と同じレベルのものにし、全課程の半分は本校で授業を受けるようにする構想といいます。

いずれもそれぞれの大学卒の資格が与えられるといいます。

しかし実現するためには、日本側には学校教育法や大学設置のための基準もあり、そう簡単に設置が認められるとは限りません。

それぞれの大学ではいまのところ計画をねっている段階です。

ボストンにあるハーバード大学事務当局に計画の有無、実現の可能性をただしたところ、「いまの段階では否定も肯定もできない」との態度が示され、進出計画がある示唆は受けました。

http://www.jasc-japan.com/


■日本の判例を教材に使用

現在、ハーバードやワシントン州立大では日本の最高裁判例なども教材に使用しているほど日本への関心は深くなっています。

アメリカだけでなく、韓国、オーストラリアなど世界各国の学生もいて、日本関係のプログラムも特に組まれています。

「こうした学生たちが将来、日本とのかかわりを深めていくことは十分考えられるし、もし日本の分校設置が事実となればさらに関係は深まることは間違いない」

ハーバード大を卒業したあと東大に留学したことがあるニューヨークの弁護士はそう話しました。

しかし、その半面、「とはいうものの、そうした分校で十分な勉強ができるかどうか」と疑問も投げかけていました。

ハーバード大アジア研究所のジョーン・ヘーリイ教授もほぼ同じ見方。

アメリカの各大学が日本進出を考えているという話は聞いている。しかし、私はあまり意味はないと思う。大学の勉強は内容の充実したものにすべきだし、まして英語で授業をするなら日本の学生をアメリカに留学させるほうがはるかに効果があると思う」と批判的です。

しかし、実現の可否は別にしても日本へ目が向けられているのは事実。

法律の世界も今後ますます影響を受けることが考えられます。


戸川利郎

参考:https://www.socialvalue-community.com/